トール Thor
 
赤い髪と髭、そして手にした鉄槌ミョルニルが特徴で、全ての巨人たちはこのミョルニルが風を切り自分たち目掛けて飛んでくる音を恐れている。ミョルニルは投げれば狙ったものに必ず当たり手元に返ってくるし、また手にはめた手袋は決して槌を握り損じることはなく、腰に巻いた力帯メギンギョルドはトールの力を倍にするという。トールは彼の2頭の山羊タングニョストとタングリスニルの引く馬車に乗ってよく旅をするが、馬車が空を駆ける時に鳴る車輪のゴロゴロという音が雷なのだと、ヴァイキングの間で伝えられていた。ヴァイキングの首領から農民まであらゆる人々が慕い、トールの槌を模した装飾品をお守りとして身に着け、特に、旅の無事、豊穣、安産を祈願した。



トールと巨人ルングニールの決闘 -砥石の山の始まり-

オーディンが彼の馬スレイプニルに乗ってヨツンハイム(巨人の国)に行った時、最も強い巨人のルングニールとお互いの馬自慢になった。
 ルングニール「金の兜をかぶるお前はいったい何者だ。空も海も飛び越えてくるとは、お前が乗っているのはなんともすばらしい馬だなあ。」
 オーディン「まあ、ヨツンハイムにこれだけの馬はおるまいよ。」
 ルングニール「いや、わしの馬はもっと速く走れるぞ。わしはそいつをグルファクシ(黄金のたてがみの意)と呼んでいる。」
オーディンの傲慢さに腹を立てたルングニールはグルファクシに飛び乗ると、目に物を見せてやると勢いよくオーディンの後を追いかけた。だがあまりに怒りに駆られていたために、気が付くとアスガルド(神々の世界)の門内まで来てしまっていた。
  
 アスガルドにやってきたルングニールは神々より酒宴に招かれたが、だんだん酔いが回るにつれて良くない気持ちが出て罵詈雑言を吐くようになった。ヴァルハラ(オーディンの館)を持ち帰ってヨツンハイムに移築する、アスガルドを叩き潰してシフとフレイヤは連れて行く、ここにある酒という酒を全て飲み尽くしてやる、などと言いだした。そして皆が酔っぱらいの相手をするのに嫌気がさしてきたところに、トールがハンマーを振りかざしながらやってきた。
 ルングニール「わしはオーディンに招待された正当な客として振る舞っているのだ。」
 トール「貴様がここから立ち去る前には、そのお客様ぶりを悔やむことになるぞ。」
 ルングニール「わしがここに自分の武器を持ってこなかったのは残念だった。もしも持っていればすぐにでもお互いの運試しを行うことができたのだが。だが今お前が武器を持たないわしを殺すのなら、わしはお前を卑怯者と呼ぼう。我々は日を改めてグリョッツナガルドで相まみえるのがお互いにとって良いな。」
これまで自分に決闘を申し出る者などいなかったので、トールはルングニールをひとかどの者だと考えた。こうして2人は別れて決闘に備え、瞬く間にそのうわさは広まった。
  
 今やルングニールはグリョッツナガルドに立ちトールを待ちかまえた。肩の上には彼の武器である砥石を持ち上げている。するとすさまじい稲光と雷鳴と共にトールが現れ、こちらに進んでくるのが見えた。トールはミョルニルをぎりぎりと握りしめて振り上げるとルングニール目掛けて投げつけた。ルングニールは両手で砥石をつかんで勢いよく投げてハンマーに応戦する。そしてミョルニルと砥石は空中で激しくぶつかり合った。砥石はいくつかに砕け飛びその破片のひとつがトールの額に食い込んだが、ミョルニルは勢い衰えずにルングニールに命中して彼を倒した。両者地面に倒れこみ、トールは息があったが巨人の足の下敷きになって身動きが取れなくなってしまった。神々も何とかしようとするが誰ひとりとして巨人の足を持ち上げることができない。そこへ生まれてわずか3日のトールの息子マグニがトコトコとやってきて巨人の足をひょいと持ち上げた。
 マグニ「父ちゃん待たせて悪かったね。ぼくなら拳骨でぶん殴って倒してやったのにさ。」
 トール「お前はいずれ大きな人物になるぞ、息子よ。グルファクシはお前にやるよ。」
オーディンはトールが自分にグルファクシを与えなかったことが気に入らなかったという。
 
 決闘の際に砕けた砥石のいくつかはその場に落ちて砥石の山の始まりになったが、トールの額に食い込んだ破片はそのまま残った。だから、人は砥石を丁寧に扱わなくてはいけない。もしも投げたりするとトールの額の砥石が疼いて彼に苦痛を与えてしまうからだ。