オーディン Odin
 
謀に長けた知恵者で、戦に勝利をもたらす神々の首領。名声を残して戦死した者は死後オーディンの館ヴァルハラに迎え入れられると信じられ、多くの王や戦士から支持された。戦士にとって病死や老衰は恥ずべき死に様であり、冥府であるヘルの国に連れて行かれて死後は何の名誉も得られなかった。そのため戦場に赴けずに病床で死を迎えるよりも、自身を武器で傷付けてオーディンに迎え入れられることを選ぶ者もあったという。
オーディンは1条の槍を所持していて、それはグングニルと呼ばれる。この世の戦はオーディンらアサ神族が、対峙するヴァナ神族に向かってグングニルを投げつけた時から始まったとされる。ヴァイキング達はそれにならい、開戦時には首領が敵陣に向かって槍を投げ「余は汝らすべてをオーディンに捧げる」と叫ぶことを慣わしとした。
オーディンは人間界に現れることも多く、その姿は帽子を深くかぶりマントをまとった片目の老人として伝えられている。ある時は自分自身で彼の8本足の馬スレイプニルに跨って人間界に赴き、またある時は戦乙女ワルキュリエ達を代わりに戦場へと送り出す。戦士が盛年の頃には戦や決闘の助言をして導き、十分な栄誉を得たと見るや相手側に付いて死に至らしめヴァルハラへと連れて行く。こうして多くの人間の英雄を集めて、いつか起こると予言されている巨人族との戦“ラグナロク”に備えている。
「全ての神々の父」「戦死者の父」「戦いの恐怖」など多くの名で呼ばれ、その存在は死と直結し崇められながらも畏怖されていた。

  
 
Episode

オーディンの館ヴァルハラには、時代も場所も越えて戦いに仆れたすべての英雄達が集い、彼らはその名誉を称えられてエインヘリャル(独りで戦う者)と呼ばれる。ヴァルハラには540の扉があり、それぞれがエインヘリャル800人が一度に出陣できるほど広く大きい。
毎朝、エインヘリャル達は目を覚ますと鎧を身に着け、武具を携えて中庭に向かう。そして英雄達は互いに敬意を払い、自身が生前磨いてきた戦いの術を思う存分相手に知らしめるのだ。ヴァルハラでは死の床を迎えることはない。夕食の時刻が近づくと仆れていた者達もみな起き上がり、良き友としてお互いを称え合いながらオーディンの宴の席に着く。
牡豚のセーリムニールは最上等の肉を英雄達に与えてくれる。この牡豚は毎日煮られても翌日の夕方には生き返るので、彼らが空腹を感じることは決してないだろう。オーディン自身は食事をとらない。彼にとってはワインが飲物であり食べ物なのである。また、オーディンが王や英雄達を宴に招いて、彼らに水だけを飲ませるということは誓ってない。もしそのようなことがあれば、自身の死の代償が水とはなんと高くついたものだと後悔する者が後を絶たないだろうから。ヴァルハラの屋根の上にはヘイズルーンという牡山羊がいてレーラズという聖木の葉をかじっているが、この牡山羊の乳首からは毎日エインヘリャル達が飲んでも足りるだけのミード(蜂蜜酒)が流れ出ている。そしてワルキュリエ達が彼らのドリンキングホーンをビールやミードで満たしてくれるのだ。 
ある日、ノルウェーで名を馳せた血斧のエリクもついに戦死し、多くの英雄達を引き連れて賑やかにヴァルハラに向かっていた。眠っていたオーディンはあまりのけたたましい足音に驚き、すっかり目を覚まして詩芸の神ブラギにこう言った。
オーディン「余が今見ていた夢は何を暗示しているのか。そこでは多くの戦死者達が来るので席を作らなければならないと、余は夜明け前に起きていた。エインヘリャルを起こしてベンチとビール桶の用意をするように命じた。そしてワルキュリエ達には王をもてなすようにワインを運ぶように告げた。これではまるで人間の中でも稀にみる素晴らしい人物が到来するかのようではないか。余の心は今喜びで高ぶっているぞ。おおブラギよ、あの轟は何ごとか。余にはまるで数千か、いやそれ以上の人間の足音のように聞こえるぞ。」
ブラギ「確かにベンチがみなミシミシと鳴っておりますが、この雰囲気はバルデル(光の神)が帰ってきたのでございましょう。」
オーディン「何を言っているのだ、ブラギよ。聡明なお主ならば、よく考えれば分かるはずであろう。あの轟は、音に聞こえた血斧のエリクによる足音、この余の広間に乗り入れる王のものなのだ。さあ、シグムンドとシンフィヨトリよ。もう到着するであろうエリクを早く出迎えに行き、喜んでここに連れてくるのだ。今や余には、彼が来る確実な予感があるぞ。」
ブラギ「なぜ、あなたは訪問者が他の誰でもなくエリクだと思うのですか。」
オーディン「彼は多くの国で自身の刀を血に染め、そして常にそれを太陽の下で打ち振るってきたからだ。」
ブラギ「ならばなぜ、あなたはそれ程称えるエリクから勝利を奪ったのですか。」
オーディン「あの厭らしいフェンリル狼めが、いつ我らの下に攻め入るかも分からんからだ。」
オーディン「御機嫌よう、エリク。さあ遠慮はいらぬ。雄々しく広間の中に進んで歓迎を受けよ。そして、お主が一体どの様な首領を戦場から連れてきたのか余に聞かせておくれ。」
エリク「五人の王を連れて参りました。イヴァール、ホーレク、グットルムと彼の二人の息子達。そして王の群れの六人目に、この私が控えておりますぞ。」
 
*シグムンドとシンフィヨトリ
シグムンドはウォルスング家のサガに登場する英雄シグルドの父。シンフィヨトリはシグルドの腹違いの兄弟。二人とも戦いの中で名誉を手にし、シグルドが生まれるよりも早くに死去している。シグムンドの最期では、オーディンが現れて彼の勝利を拒む様も描写されている。